シン・エヴァンゲリオンを観て

アニメ

“さらば、全てのエヴァンゲリオン。”

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」(2021)は、まさに私たちエヴァンゲリオンに魅せられた人達がエヴァンゲリオンに分かれを告げて先に進むための物語でした。

いきなりネタバレですが、シンジとゲンドウが対話を通して和解をします。

また、アスカ、レイ、カヲルといったエヴァンゲリオンの搭乗者たちを救済していきます。

さらにさらに、全てのエヴァンゲリオンをひとつひとつ丁寧に槍を持って消滅させてしまいます。

極めつけは、母ユイの加護を受けて、シンジ自身もはエヴァの呪縛から解き放たれることになります。

エヴァンゲリオンを一体ずつ消し去るシーンはちょっと機械的で萎えそうでしたが(笑)、全体として、シリーズを総括する最高のハッピーエンドだったと思います。すっきりした。

かつてのエヴァンゲリオンシリーズの結末との共通点と違い

幸せいっぱいの「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」の結末は、かつての「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズのTVアニメ版や劇場版とは大きく異なっています。

しかし、TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の25話や最終話、映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』に、手法や展開、映像で酷似している部分もあります。見ていて「あれ?ここって…」と思った人も結構いたのでは。

TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の第弐拾伍話『終わる世界』、最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」では、主人公シンジの心象風景を描いた内容となっていました。

そして、心象風景を描くという目的のもと、ラフなビジュアルやアニメーションの制作工程の素材を映像に用いるなど抽象的な演出が用いられた内容となっていました。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ではこれをなぞるように、ゲンドウの独白や、シンジとゲンドウのぶつかり合いが超次元的な映像で描かれました。

裏宇宙というTVアニメシリーズには登場しない舞台を用いることで、トリッキーなアニメーション演出をうまーく表現しています。裏宇宙ってなにさ。

また新劇場版シリーズが始まる以前の結末であった『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のラストシーンを思わせる展開も登場しています。

中でもシンジはゲンドウを救った後、アスカを迎えに行きます。

その迎えに行った場所が浜辺なのですが、このシーンはまさに『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のラストでシンジとアスカが行き着いた場所を彷彿とさせるのです。

かつて『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』では、この浜辺でシンジはアスカの首を締め、それに対してアスカはただ「気持ち悪い」と言葉を返します。

正直いって意味が分からないシーンとも言えますが、極限状態の心理を描くという意味では非常に成功を収めた表現ともいえるかもしれません。とにかく心の奥底がぞわぞわする。

しかし『シン・エヴァンゲリオン劇場版』では、同じシチュエーションを迎えながら全く違う結末を迎えました。

浜辺に横たわるアスカに対して、シンジは自分を好きだと言ってくれたことに対してお礼を言います。それを聞いて、照れるアスカ。

「きっとアスカのことが好きだったんだと思う」「私もアンタのことが好きだったんだと思う」

そう素直に言い合う二人は、心の奥底で通じ合っており、そして認め合い、互いにけじめをつけて別々の道に歩を進める準備が整ったようにも見えました。寂しいけれどかっこいい。卒業ですね。

そしてシンジは、アスカを受け入れてくれるであろう同級生・相田ケンスケのところへとそっと送り出すのです。シンジ、そんなかっこよかったっけ。。。

これは新劇場版シリーズのアスカだけでなく、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』でショッキングな結末を迎えたアスカまでをも救済するかのような展開でした。

アニメシリーズから観ている人ほど、より感慨深く、意外で、でも成長したシンジを見ることが出来てとても爽やかな気分になったのではないでしょうか。

結末の鍵はマリ

そんな、かつてない結末を迎えることになった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ですが、その立役者は“マリ”こと真希波・マリ・イラストリアスでした。

裏宇宙に取り残されたシンジを迎えに行く役目を担ったのがマリであり、マリが駆けつけたことをきっかけに、シンジ自身が解き放たれていくことになります。

実は結果的にマリが何者だったのかは最後まで明かされないのですが、冬月コウゾウと知人であることを示唆する会話や、ゲンドウの回想シーンにマリらしき人物の姿が映るなど作中にはいくつかヒントが登場します。

ゲンドウの過去のエピソードと言えば、漫画「新世紀エヴァンゲリオン」の最終巻14巻の「夏色のエデン」というエピソードに、ゲンドウやユイの学生時代の出来事が描かれます。

もしかすると、この漫画版で描かれたように大学時代にゲンドウたちと出会い、のちの研究の過程でエヴァンゲリオンのプロジェクトに関与して、シンジやアスカといった登場人物同様にエヴァの呪縛にマリも取りつかれることになったのかもしれません。

実はマリが重要人物になり得ることは、以前のシリーズからも示唆されていました。

初めてシンジがマリと遭遇する屋上のシーンでは、それまで25曲目と26曲目を繰り返し聞いていたS-DATの表示が、マリがS-DATを拾ってシンジに渡したことを契機に27曲目が再生されるという仕掛けが施されていました。

つまりマリの存在こそが、シンジの物語を動かす鍵となることがまさにこの時点で示唆されていたと言えます。

マリって新劇場版でいきなり出てきたけど?

とここまでは、作中でのマリの扱いをなぞるだけでしたが、新劇場版の制作現場におけるマリの扱いも見ていくとまた面白い視点で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を観ることができます。

このマリというキャラクターは、過去のシリーズでは登場していない、新劇場版シリーズで初登場となったキャラクター。

当初はエグゼクティブプロデューサーの大月俊倫氏のリクエストにより商業的な理由で新キャラクターの導入が決まったそうで、物語への関わり方は登場することを前提に後から練られていったことが語られています。

それに加えてキャラクターのディテールや演出については、監督の鶴巻監督が担当し、シンジら他のキャラクターとは違い、総監督・庵野秀明氏の手から距離を持って描かれてきた特異な存在でした。

そういった庵野秀明氏の外的な存在だったからこそ、マリが『シン・エヴァンゲリオン劇場版』という物語をポジティブな方向に持っていく役目を担うことができたのかもしれません。

加えて外的な存在と言えば、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のスタッフロールに名前を連ねている庵野秀明氏の妻でもある、漫画家の安野モヨコ氏。

お二人の結婚秘話が描かれる安野モヨコ氏の漫画「監督不行届」の単行本では、庵野秀明氏自身のインタビューが掲載されています。

エヴァンゲリオン以降、アニメマンガファンや業界の閉塞感に嫌気が差していたことを打ち明けつつ、結婚をきっかけにした変化を語っています。

結婚してもそんな自分はもう変わらないだろうと思っていました。

けど、最近は少し変化していると感じます。

脱オタクとしてそのコアな部分が薄れていくのではなく、非オタク的な要素がプラスされていった感じです。

オタクであってオタクでない。

今までの自分にはなかった新たな感覚ですね。いや、面白い世界です。

これはもう、全て嫁さんのおかげですね。ありがたいです。

お二人がご結婚されたのは『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』公開後の2002年。

庵野秀明氏にとって他者であった安野モヨコ氏の存在を経て、エヴァンゲリオンの物語が新たに広げられていくという意味では、まさに作中のマリの存在とも重なるところがあります。

そう思うと、登場人物の数々を救っていったシンジが最後に共に新たな世界に飛び出す相手がマリである……という結末も、庵野秀明氏の世界を広げることになった安野モヨコ氏に重なって見えてくるところがあります。

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